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フレンチ・アール・デコの室内装飾と素材のストーリー 3
フレンチ・アール・デコの室内装飾に見る稀有な素材を独自の解釈で扱うアレキサンダー・ラモント。素材のストーリー第三回は、シャグリーン、パーチメント、ブロンズについてです。
ブロンズ以外は聞きなれないかもしれませんが、最初にご案内するシャグリーンは、お財布や時計のバンドとして使用される素材でもあります。
シャグリーン
20世紀初頭のフランスのデザイナーを魅了した装飾素材の一つがシャグリーンです。アレキサンダー・ラモントの素材のご説明をするときにも、まずはこの素材からスタートすることの多い重要な素材で、家具・照明・装飾小物・壁面の表面素材として使用します。無数の細かい粒子により美しく反射する質感を持つこの素材は、英語で「シャグリーン(shagreen)」、フランス語で「ガルーシャ(galuchat)」と呼ばれるエイ皮のことを言います。
シャグリーンのスキン(上)とコンソールテーブルへ張り込みする製造工程(下)
実はこのシャグリーン、日本でも歴史的に長く使用されてきた素材です。東南アジアで捕獲されるエイ皮の食用にならない皮部分の最大の輸出先はかつてより日本でした。武士たちが甲冑や刀の柄、印籠などを装飾する素材として使用してきた歴史があり、剣刀で言うと1000年以上まで歴史は遡ります。また、上等でキメの細かいワサビのおろし金として使用される素材というと馴染みがあるのではないでしょうか。シャグリーンのスキンに見られる粒子は象牙や歯と同じカルシウムで、この硬い表面を削る加工には非常に高度な技術が必要です。そのためオーストリッチやクロコダイルと比較される高価な素材として扱われることもあります。
削り方により光沢の出方や質感が変わるのがこの素材の特徴です。私が徳川美術館で見た徳川家の刀の柄には実にたくさんのシャグリーンが使われていましたが、どれもゴツゴツとした迫力ある粒子でした。現在ラモントが家具などに使用する滑らかな手触りではありません。滑り止めとしても使用する刀には隆起した質感が良いのかもしれません。ラモントでは、この素材の艶とパターンがもっとも美しく現れるところまで力を入れて磨きあげ、仕上げていきます。初めてシャグリーンの工房へ行った時に、「作り方の一番の秘密」と言って図解してもらったのは、シャグリーンの美しさが際立つ境がスキンのどこにあるかという説明でした。シャグリーンの美しさがラモント社の技術と感性から出来上がってきているということがわかります。
Tourbillon table by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモント/ センターテーブル / 素材:シャグリーン、漆、ブロンズ
海外住宅事例:造作家具のスライディングパネルにシャグリーンを使用。
アレキサンダー・ラモントでは、ルーブル宮にあるパリ装飾芸術美術館においてアール・デコの装飾品の修復を手がけ、シャグリーンについての書籍も執筆するジャン・ペルフェッティーニ氏を美術館から紹介されたことにより、シャグリーンを自社工房で作り始めました。今では代表的素材と成長したシャグリーンですが、商品には環境にも優しいなめしていないエイ皮のみを使用します。そのスキンは強度がより強く、出来上がりが精巧で優しい手触りを持ち、無数の粒子の自然なトーンがとても美しい質感を持っています。それは時間が経つほどに透明感を増し、経年の変化により質感が楽しめる素材です。
Chop Boxes by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモント / ボックス(別注) / 素材:シャグリーン、金箔
Pavé Tables by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモント / 素材:シャグリーン、卵殻、真鍮
第2回目で説明した卵殻技法とシャグリーンをテーブルトップに使用
パーチメント
アレキサンダー・ラモントで扱うもう一つの”皮”素材が「パーチメント」です。「羊皮紙」というとお分かりいただける、古代から文学や文書の筆写に使われてきた紙に代わる素材です。中世の時代の貴族の時祷書など、顔料や金で美しく彩飾された写本をヨーロッパの美術館でご覧になった方も多いでしょう。20世紀初頭のモダニズムの時代においてこの素材は、インテリアデザイナー達がニュートラルでありながらラグジュアリーな質感を兼ね備える素材を求めたときに人気を博し、椅子やキャビネットに張り込んだり、壁パネルとして多く使用されました。ミラノにヴィラ・ネッキという1930年代に建てられたかつての富豪のお屋敷がありますが、ここのダイニングルームの壁には一面パーチメントが張り込まれ、年月を経たなんとも言えない美しさが重厚感と洗練された面持ちで佇んでいます。美術館として公開されているので、一般に見ることができます。
アレキサンダー・ラモント / 別注品スツール
パーチメントは、牛皮・羊皮・ヤギ皮を使用した薄い素材です。伸縮性があり、加工段階で削りや磨きをかけ、テンションをかけながら乾燥させることで硬く半透明なスキンとなります。染めと木の基材への張り込みには熟練の技が必要とされます。皮が反って剥がれないような工夫をしたり、曲面に張る時には弾力を調整したり、自然の持つ素材の特性と対話しながら加工を進めていきます。そして出来上がったアイテムには、控えめながら上質で温かな質感があります。
Largo Coffee Table by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモント / センターテーブル / 素材:パーチメント、ブロンズ
Mighty Table | Suji Parchment by Alexander Lamont
絞りのテクニックで染められたアレキサンダー・ラモントの素材
この素材はモダンファーニチャーの世界でも時々使用され、アントニオ・チッテリオがデザインするパーチメント素材のキャビネットがMAXALTOから発売されていたのをB&B Italiaで拝見したこともあります。扱う会社により、パーチメントの表面加工の仕方が異なりますが、アレキサンダー・ラモントのパーチメントは、その肌の個体差が際立つかたちでご案内をしています。
ブロンズ
アール・デコに特徴的な素材ではありませんが、家具の脚や取っ手、ヒンジなどの金物から、装飾の小物までに使用されるラモントで重要な素材の一つが「ブロンズ」です。強度があり、色や形を作るという観点でデザインに自由度のある「ブロンズ」は、造形的素材としてヨーロッパ、アフリカ、アジアのデコラティブ・アートの世界で昔から使われてきました。使用される「ロスト・ワックス・ブロンズ製法」は6000年前に起源を見ることができ、タイにも関連性がある素材です。というのも仏教徒が大半を占めるタイでは仏像を作るために伝統的にブロンズの技術が受け継がれてきているからです。ラモントでは、アレックスが熟練の技術を持つ仏像の鋳物師とチェンマイで出会って以来、この製法による造形を長年にわたり作り続けてきました。
Fan Ottoman by Alexander Lamont アレキサンダー・ラモント / ラウンドスツール / 素材: ブロンズ、テキスタイル
ロスト・ワックス鋳造の製作では、まず作りたいブロンズそのものの造形モデルをろうで製作します。造形モデルは自由に作って良いので様々な表現が実現できます。モデルが出来上がったらその上を砂や石膏で覆い被し、乾燥させ、熱を加えます。ろうでできたモデルは溶け、菅を通って外にでていき、中に造形モデルの形の空洞を残します。この時、ろうがなくなるのでロスト(lost)と言います。次に溶解したブロンズを空洞に流し込み、空洞がブロンズで完全に満たされた後に砂は壊され、鋳物ができあがります。さらに磨きや質感の調整、色付けのフィニッシュ工程を加えブロンズの完成です。
Amaranth Lamp Table | Cracked lacquer by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモント / サイトテーブル / ブロンズ(脚)、ジェッソ&漆(テーブルトップ)
↑クリックするとAmaranth Lamp Tableの製造方法(ブロンズ)のイメージ動画を見ることができます。
動画で製作されているテーブルトップはシャグリーン+金箔です。
Lost Leaf Vessel by Alexander Lamont アレキサンダー・ラモント / 装飾小物 / ブロンズ
ブロンズは、さまざまな質感の表現ができます。
Hammered Bowl アレキサンダー・ラモント / 装飾小物 / ブロンズ、金箔
ユネスコの「クラフトエクセレンス」受賞アイテム
Star & Starlet Vessel アレキサンダー・ラモント / 装飾小物 / ブロンズ
「アール・デコ」は日本でとても人気があり、アイリーン・グレイの家具や庭園美術館の建築様式などについては誰もが知っていますが、その時代の室内装飾デザインや素材についての情報は日本でまだまだ限られていると感じています。奥深く潜み知られていない当時の素材や感性について、アレキサンダー・ラモントの製作するアイテムを通じて知っていただけると嬉しく思います。
エルクリエーション 代表 高田真由美