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フレンチ・アール・デコの室内装飾と素材のストーリー 2
フレンチ・アール・デコの室内装飾に見る稀有な素材を独自の解釈で扱うアレキサンダー・ラモント。素材のストーリー第二回は、ストロー・マルケタリー、漆、ジェッソについてお届けします。
フレンチ・アール・デコの影響を受ける「アレキサンダー・ラモント 」ですが、その最大の特徴は、1920 – 30年代の室内装飾で使用された素材にあります。工房はバンコクに近いバーンスーというところにあり、ここで100名以上の職人が手作業で家具、照明、装飾小物、パネル材の制作をしています。中でも最も広いスペースを取って製作されているのはストロー・マルケタリーという技法の素材です。今回はこのストロー・マルケタリーに加え、漆、ジェッソについてのストーリーをお伝えします。
ストロー・マルケタリー
ストロー・マルケタリーは、ライ麦の寄せ木細工のことを言います。アシやヨシと同じで中が空洞になった茎を持っており、これを縦にカットして切り開き、リボン状になったライ麦を染め、デザインに応じてベースの素材に張り込んでいきます。
フランスからラモントの工場へ輸入されたストロー(ライ麦)の茎
正確に測り丁寧にカットしたライ麦をはめ込んでいきます
マンダリン・オリエンタル(ドーハ)で使用された別注製作のストロー・マルケタリー
ストロー・マルケタリーはその起源について17世紀頃から資料が残っています。小箱や建築の装飾材料などとして製作されましたが、非常に凝った作り方のためにその後徐々に作られなくなった歴史を持っています。
このストロー・マルケタリーが”再発見”されたのは、1920年代にジャン・ミッシェル・フランクやアンドレ・グルーが室内装飾の素材として使い出したときからです。当時のモダニストたちが、壁面や家具の質感表現にストロー・マルケタリー技法を使ったことで、この技術が見直されるきっかけとなりました。社長のアレックスが触発されたのはまさに彼らのモダンな使い方です。ゴールド調にも見える自然のライ麦が光を捉えた時の美しい陰影に惹かれ、フランス人の技術者から制作技術を学びタイで職人を育て、今ではラモントの中心的な素材となっています。
ジャン・ミッシェル・フランクがデザインした室内。本棚の奥と扉にストロー・マルケタリーを使用
ルイ・ヴィトン(上海)のVIPルームの壁面に使用された事例
Bronze Seine Box by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモント/ 装飾小物 / 素材:ストロー・マルケタリー
物件写真:インドネシアの住宅 / ベッドヘッドにストロー・マルケタリー(Labirinto II)を使用。ライ麦の文様の上にさらに金箔で線を描いたパネル
物件写真:ヨットの内装に納品するために検品中のストロー・マルケタリー 別注サイズ
漆
日本伝統工芸でもある「漆」ですが、ラモントにも漆工房があります。1920年代にパリで活躍したジャン・デュナンやアイリーン・グレイといったデザイナーたちが日本人の漆職人菅原精造氏より伝授され漆作品を多く制作しましたが、かつて東洋の骨董品ディーラーであったラモントのアレックスは漆を好み、当時の作品から影響を受けた開発を手掛けています。19世紀後半から20世紀初頭にかけては、日本の工芸品がヨーロッパで人気を博した時代ですが、ヨーロッパで日本人の指導により漆製品が作られていたということはあまり知られていません。アレックスから「スガワラを知っているか?」と聞かれて以来、日本の漆職人さんに聞いてみても、「そういう人がいたのは聞いたことがある」程度しかわかりませんでした。数年前にジャーナリストの熱田充克さんが「パリの漆職人 菅原精造」という書籍を出版したためにやっとわかったのですが、日本の工芸品を製作する工房で働くためにパリへ渡った菅原氏が、その後アイリーン・グレイと出会い共同で漆作品を制作していたこと、金工デザイナーとして著名なジャン・デュナンへ漆を教えたとのことでした。日本人にほとんど知られていなかったこの人物の教えでアール・デコの著名なデザイナーたちが作品を残したというストーリーが実に興味深いところです。
タイの漆製造について言うと、塗りと乾燥を時間をかけて繰り返すことによって強度が増す漆は、湿度・温度において理想的な気候を有しています。アユタヤ朝の時代(1324-1767)、タイは漆製造の主要な国でしたが、残念ながら現在では自然漆はほとんど生産されていません。ラモントの工房では自然漆を使い製品を作ります。金箔・シャグリーンといった異なる素材との組み合わせを得意としており、工房で出来上がった製品は、ヨーロッパと日本のクラフツマンシップが非常にうまく融合した独自の表現にも見えます。
工房で使用される漆の道具と見本サンプル。様々な素材の組み合わせを研究している
アレキサンダー・ラモント / 別注品のボックス / 素材:シャグリーン、漆
第三回でご説明するシャグリーン(エイ皮)に朱赤の漆を7層塗り重ねたボックス
Ripple Bowls by Alexander Lamonnt アレキサンダー・ラモント / 装飾小物 / 不規則な凹凸を持つミャンマーの竹編細工に漆を15層塗り重ねたもの
Ovum Spot Table by Alexander Lamont アレキサンダー・ラモント / 素材:卵殻、漆、ブロンズ
英語でエッグシェルと呼ぶ「卵殻漆塗り」は、卵の殻を割って木地に置き、平滑になるまで何層にも漆を塗り重ね研ぎ出していく技法です。漆で白を表現することが難しいので、鶴など白い文様を描く時に使われてきた技法で、人間国宝の松田権六や寺井直次など日本の蒔絵の第一人者たちの精緻な工芸品を美術館や骨董店で見ることができます。この技法は、殻を置く配置の技術も必要なので、ラモントの工場でも一部の職人のみが担当します。
熟練した手技と優れた感性、集中力、忍耐が必要な卵殻の製造工程
ジェッソ
最後にご紹介する素材はジェッソです。ジェッソは絵画の下地や建築の模型を作る時に使われる白い石膏です。中世の時代、教会の彫像を飾る顔料や金箔のベース素材として使われたことで知られています。石灰・白顔料・動物性の膠から成る素材で、一般的にはジェッソ自体を最終素材としてはあまり使用しません。アレキサンダー・ラモントではこの象牙のような白い素材の質感が面白いということで、様々な商品に最終素材として使っています。
Folly Gesso Ceiling Light by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモント / 照明 / 素材:ジェッソ、真鍮
工房では、ジェッソは原料となる粉と兎膠を混ぜ合わせて手作業で作られます。それに熱を加え何層にも塗り重ね、それぞれの層は磨かれ、完璧に滑らかな素材の層を作り、更に様々なハンドフィニッシュを加えて完成させていきます。
キャンバスの上にジェッソを塗っていきます
ジェッソの制作風景
磨き工程。石で磨くことで光沢が出ます。
Amaranth Lamp Table by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモント/ サイドテーブル/ 素材:ジェッソ、ブロンズ
先端の尖った道具でひび割れた様子を描いたテーブルトップ
Cracked Lacquer gesso by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモントのテーブルや箱物に使用される素材
布にジェッソを塗りその上に漆を塗った後、ます目状に割り、割った部分を磨きあげる
一つ一つの素材にストーリーがあるのがラモントの特徴ですが、自社の取り扱う素材を複数重ねて制作するのもラモントならではの技術です。一つの場所で異なる技術を扱うからこそ可能となる独自の方法と言えます。
エルクリエーション 代表 高田真由美